約600億円調達&全米犯罪の5%を解決したFlock Safetyの創業秘話

「ハードウェアは儲からない」「官公庁向けビジネスは調達が長くて大変」そんな常識を覆し、米国の防犯スタートアップ「Flock Safety」は急成長を遂げました。累計約600億円の投資を集め、全米の5%もの犯罪解決に貢献。この事例からスタートアップが成功するためのヒントを探ります。
田中 洸輝 (IncubateFund VC) 2025.02.18
誰でも

はじめに:ハードウェア×官公庁向けは成功しない?

 1.創業のきっかけ:犯罪被害体験と“車両特定”の重要性

 2.PMF戦略:ハードウェア×クラウドでコスト革命

 3.GTM戦略:警察(官公庁)での導入拡大

 4.圧倒的No1へ:時価総額5,000億円、全国42州に展開

 5.創業初期、多くの投資家が見逃した理由

まとめ:一見困難な領域にこそ、大きなチャンスが眠る

はじめに:ハードウェア×官公庁向けは成功しない?

皆さんは”ハードウェア”や”官公庁向け”の新規事業と聞くと、どんな第一印象を持ちますか?
多くの方は、

「ハードウェアは資本コストが高く、開発や生産納品までリスクが大きい上に利益率が低い」
「官公庁向けの営業はサイクルが長く、スケールするまでに時間がかかる」

と考えるのではないでしょうか。
事実、スタートアップ業界ではソフトウェアSaaSや消費者向けアプリと比べると、ハードウェア×公共領域はVCから嫌煙されがちです。

しかしながら、米国アトランタ発のFlock Safety(2017年創業)というスタートアップは、まさに「官公庁向け+ハードウェア」という難易度が高い領域で急成長を遂げ、累計3.81億ドル(約600億円)を資金調達し、クラウドやAIコンピュータビジョンを活用した防犯カメラ(ALPR:自動車ナンバープレート認識)ソリューションで、2022年後半時点で米国内の5%の犯罪解決に寄与する企業へ急成長を遂げました。

今回は、Flock Safetyの創業ストーリーとビジネスモデルを紐解きつつ、

  • なぜ「懐疑的だったVC」に最終的に投資を決断させたのか

  • ハードウェアビジネスでどんな戦略を描いたのか

  • どのように官公庁向けセールスをブレイクスルーしたのか

これらのポイントを、記載しています。

1.創業のきっかけ:犯罪被害体験と“車両特定”の重要性

「高額すぎる既存防犯カメラ」に代わる新しい選択肢を

2010年代、米国では犯罪検挙率の著しい低下が社会問題となっていました。FBIの統計によると、1960年代には90%以上だった殺人事件の検挙率が、2010年代にはおよそ50%にまで下がりました。強盗や暴行など他の暴力犯罪でも、1980年代以降、継続的に犯罪解決率が下がり続けているのです。自治体や現場の警察署は人手不足や予算不足、紙ベースの非効率な事務作業、そして古い捜査手法に悩まされており、実際の犯罪発生件数は通報されていないものも含めるとさらに深刻な状況といわれていました。

そんな社会情勢の中、将来のFlock SafetyのCEOであるGarrett Langley氏は、アトランタで窃盗犯罪の被害に遭ってしまいます。警察に通報したものの証拠不足を理由に犯人捜査が進まず、保険申請を勧められるだけでした。そんな中、捜査担当者から「犯人のナンバープレート情報が手に入れば解決率は飛躍的に上がる」と聞かされるものの、当時市場に出回っていた既存の自動車ナンバー読取装置(ALPR:Automatic License Plate Reader)は非常に高価で、自治体や警察が広範囲に導入するには予算が全く足りていない状況でした。

そこにGarrett氏はビジネスチャンスを見出しました。「安価かつ効果的なALPR」を作ろうと決意し、2017年1月にFlock Safetyを設立。同年3月、早期メンバーのCTO Matt Feury氏やPaige Todd氏、Bailey Quintrell氏と共にプロトタイプ開発に着手。わずか3週間で試作品を完成させ、2017年3月にFlock Safetyを正式にローンチしました。創業当初から彼らが見据えたのは、「ハードウェア×官公庁向け」という一見“難易度の高い”市場。ところが、まさに米国警察の「検挙率低下」や「既存ALPRの導入ハードル」が大きなチャンスと捉えたのです。

大きな社会的課題の変化(犯罪解決率の低下)+個人的な被害体験が重なった起業でした。

2.PMF戦略:ハードウェア×クラウドでコスト革命

HOA(住宅地域組合)を突破口に実績を積む

Langley氏らは、いきなり自治体や警察に営業せず、まず住宅地域組合=HOA(Homeowners Associations)に着目します。米国で370,000以上存在するHOAは、富裕層地域や防犯意識の高いコミュニティが多く、予算を割いてでも犯罪抑止を求めていました。
Flock Safetyは、ソーラーパネルとLTE通信で工事を最小化し、価格を大幅に下げたALPRカメラをサブスク(年間リース)モデルで提供します。既存ALPRカメラの多くが高額な初期費用の売り切りモデルを採用している中で、破格のコストと簡便さを実現しました。またクラウドを活用することで、「カメラデータを警察にもデータを共有できる」メリットを訴求し、HOAからの高い支持を得ていきます。

HOAが設置したカメラ映像を警察に連携・共有・活用できるネットワーク効果で、「警察からの需要拡大」も見込める構造をつくっていきました。

Flock SafetyのALPR製品概要

  • 『Falcon』『Sparrow』:ソーラーパネル搭載・LTE接続により、電源工事やLAN配線が不要で、数時間で設置可能にすることで導入コストを大幅に削減。最大100フィート先、2車線分の車両情報(車種・色・ステッカーなど)を97%の精度で撮影し、クラウドへアップロードします。Falconが警察へのハイエンド製品。SparrowはHOA向けのより廉価版。

3.GTM戦略:警察(官公庁)での導入拡大

HOAで実績を積んだFlock Safetyは、地方警察やFBIとのパートナーシップを構築していきます。捜査の効率化や迅速な車両特定が評価され、2019年以降は数多くの自治体が導入を検討し始めます。
特にこれまで予算が少なくALPRの導入が進んでいなかった自治体や警察から積極的に導入していきました。ここで、これまで懐疑的だったVCたちの目線も変わっていきました。

  • 犯罪検挙率向上への貢献
    ある地域ではFlock Safetyのカメラ導入後、車上荒らしが46%減少、住宅侵入が70%減少などの報告が出始める。

  • サブスク型ビジネスモデルの安定収益
    ハードウェア売切りではなくカメラを売り切るのではなく、年間リース(約2,400ドル/台+初期設置350ドル)でメンテナンスやソフト更新、LTE費用込みのパッケージで提供。これにより、ARR(年間経常収益)が積み上がり、収益が右肩上がりとなる。

  • ネットワーク効果の拡張性
    追加でカメラを増設するほど、警察間の情報共有が強化され、「導入しない地域がむしろ危険になる」というネットワーク効果=需要が広がる。

この頃、クラウド型のAI分析も積極的に推進し、「Falcon Flex」など移動可能なカメラや銃声検知デバイス「Raven」など新製品を開発。防犯総合プラットフォームを目指していきます。

Flock SafetyのALPR以外の製品概要

  • 銃撃音検知デバイス「Raven」:ガンショット音や金属切断音(触法事例として多い)をAI検知し、即時で警察に通報。カメラ映像との連携により周辺車両情報を補足できる。

  • クラウド基盤「Flock OS」:「1か月で最大10億台分の車両ナンバー情報」と謳うほど大規模なデータを保持し、警察やHOAなど顧客同士がデータを相互共有できる仕組みを提供。「TALONネットワーク」を使い、管轄の境を越えて車両情報を参照できるようになっています。

4.圧倒的No1へ:時価総額5,000億円、全国42州に展開

レガシーな業界に、明確な製品の技術優位性なくとも、ビジネスモデルとクラウドを活用したデータネットワークで差別化を図り急成長を遂げたFlock Safetyにさらなる追い風が吹きます。
2020年、コロナ禍により、警察の人手不足や非接触型の捜査ニーズが高まり、警察業務の抜本的改革が議論される中で、重要な捜査ツールとしてALPRが注目されます。

こうした流れを受け、Flock Safetyは2020年末までに全米の1,400都市、約700の警察を含む法執行機関と連携し、VC投資家たちは急成長を確信し始めます。2022年2月のTiger Global主導のラウンドで

時価総額約5,000億円で、約250億円の資金調達に成功します。
この時点でFlock Safetyは「全米の5%の犯罪解決に関与」しており、HOA以外の大学、病院、商業施設などへの導入も加速していきます。結果、42州で2,500超のコミュニティが利用しています。

5.創業初期、多くの投資家が見逃した理由

彼らは開発コストが高いハードウェア×営業サイクルの長い官公庁向けという一見すると難しそうな事業領域で大成功を収めました。創業初期はその領域ゆえに多くの投資家から断られています。
見逃した投資家の多くは、Flock Safetyの事業領域だけで判断していました。

  • ハードウェアの売り切りビジネスモデルは収益が安定しない 
    Flock Safetyは年間サブスクリプション契約でハードの交換やメンテナンス、ソフトの最新版への更新等を顧客に追加費用なしで提供し続けるビジネスモデルを採用。官公庁は一度導入すると解約する可能性は低いため、むしろ安定性が高いビジネスを構築しました。
    また、既存の予算の少ない自治体は防犯のために平均毎年4万ドルの物理的なゲート設置費用を計上しており、それらが削減できるため導入ハードルも実は低かったのです。

  • 官公庁向けの営業ハードルは高く、ハードウェアはスケーラビリティがない
    顧客からすると、既存競合のプロダクト1台分の価格でFlock Safetyのカメラ20台が設置可能となります。プロダクトが広まれば広まるほど、自動車情報がデータベースに集約でき、より犯罪の解決に役立ち、追加費用ゼロで全地域の異なるカメラの情報にアクセスできるため、高いネットワーク効果をもたらしました。
    このモデルにより、初期製品の品質は既存競合製品のカメラより劣っていたものの、コストの安さと長期的な製品改善をコミットすることで導入を促進しました。(追加の音声ハードウェアなどマルチプロダクト展開がしやすい)。多くの投資家は初期製品が既存市場の製品より劣っていたため、投資を断りました。

  • 強力な先行の大手競合他社がいる
    この市場は、モトローラという時価総額数兆円の大手競合がいますが、Flock Safetyのビジネスモデルには対抗できない理由(イノベーションのジレンマ)がありました。彼らは売り切りモデルでカメラを販売していたため、サブスクリプションのビジネスモデルに転換すると業績への影響が大きく、意思決定がかなり遅れました。その間に、Flock Safetyは自動車情報のデータベースとネットワーク効果を盤石なものとし、高いMOATを築き上げました。

まとめ:一見困難な領域にこそ、大きなチャンスが眠る

Flock Safetyは、ハードウェア+公共市場という当初は「投資家に敬遠されがちな組み合わせ」でも

  • 創業者の個人的な痛みを起点とした強固な課題感

  • クラウド×AIによる低コスト化とネットワーク効果

  • サブスク型ビジネスモデルでの安定収益

といった要素を武器に、説得材料を積み上げて成功しました。
常識的には難易度が高い領域に対する「逆張り」的な挑戦を徹底的に深堀りし、プロダクトや技術の優位性というより、既存の技術を本質的に社会に沿ったビジネスモデルに進化させることで、VCの懐疑を乗り越えた好例といえるでしょう。

もちろん、プライバシー問題や監視社会への批判、地域ごとの調達ハードルなど課題はあります。しかし、それらを踏まえても、大きな社会的インパクトがあるテーマに真っ向から挑戦したFlock Safetyの事例は「難しそうな領域でも、正しいアプローチと強い意志があれば成功できる」こ戸を証明しています。

これから起業を検討する方やVC調達を目指す方も、本当に深刻な問題、難しそうに見える領域の中にこそ社会的ニーズと革新の種が潜んでいるかもしれません。Flock Safetyの道のりは、そのヒントを与えてくれます。

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